人材のバランスシート化を試みる

「わが社の最大の資産は人材です」といった経営者の発言は、昔からよく見かける。しかし「その資産価値はどれくらいですか?」「どのような物差しで人材を資産と見なしていますか?」という質問を投げかけると、答えに窮するはずだ。何故なら、人材の資産価値というテーマに対し様々な学説はあるが、現在のところ誰もが納得できるだけの解に至ってないからである。

資産と言うからには、数値化できることが大前提である。企業では、世界共通の会計基準として、資産をバランスシートで表現することになっている。しかし、そこに人材は資産として表現されない。会計基準では、人材は資産の対象ではないのだ。唯一、人材が会計に反映される箇所は、PLと言われる損益計算書の費用の中である。つまり会計においては、人材は単なるコストとして見なされている訳だ。
企業にとって人材は資産である、という考え方自体には、誰も反論しないであろう。資産であるならば、バランスシートで表現できるはずである。此処で紹介するのは、敢えて会計上のバランスシートから切り離し、人材のみにフォーカスし、バランスシートとして表現を試みた企業の紹介である。

流動人材資産と固定人材資産

バランスシートの左側は資産の部である。ここに「流動人材資産」と「固定人材資産」を定義する。
流動人材資産とは、代替が効く人材である。企業側に、社員の退職を引き留める権利は保証されていない。従って、社員が辞めたとしても事業を継続できるようにしておくことが肝要だ。企業を運営する上で、必要な人材能力とスキルが定義されていれば、大方の人材は市場から調達できる。ほとんどの従業員(一般社員・契約社員・派遣・パート・業務委託)は、流動人材資産に属することになる。
固定人材資産とは、欠けると企業運営や事業運営に深刻な影響を及ぼす人材だ。具体的には役員以上の人材と、事業を牽引するリーダー達及び、将来の幹部候補など、評価がSクラスの人材だ。
流動人材資産の評価額は、従業員一人一人が稼いで積み上げる利益の総額として計算される。
固定人材資産の評価額は、事業価値から算定だ。つまり、この人材が欠けると事業にどれだけの損失が発生するかという考え方で資産算定するのだ。

人材に対する経費と投資を、負債と純資産に位置付ける

人材活用には、常に経費と投資がついて回る。
バランスシートへの反映の考え方は、経費は流動負債、投資は固定負債に位置付ける。純資産は、引当金などの人材に対し積み立てておくべき項目が入ってくる。
この考え方を用いて、人材にフォーカスした視点で一つ一つの費目を割り当てていくと、負債の部と純資産の部が完成する。
ここで気をつけるべきことは、人事部が関与していない派遣社員やパート、そして業務委託の外部社員も、バランスシートに反映させることである。企業にとっては事業を支える重要な人材だからだ。

人材バランスシートの分析から見えてくること

完成した人材バランスシートから、様々なことが見えてくる。

BS①は、流動人材資産の価値で、流動負債と固定負債を賄うことができている。つまり、人材に余剰感がなく、人材への投資も含め健全に経営できている形である。
BS②は、流動人材資産によって流動負債までを賄うことができている形だ。これは、目先は安定的に見えるのだが、いくつかの課題が此処に隠されている。左側のバランスでいくと、固定人材資産が多すぎる。役員という名の価値に見合わない人材が過剰にいるケースや、Sクラスと言いながら“人に仕事がついている”だけの属人性の高い人材が偏在しているケースだ。右側のバランスで見ると、固定負債の人件費の割合が大きすぎて、採用や教育などの人材への投資が十分でないケースになってくる。
BS③は、流動人材資産が流動負債を賄えない形だ。この場合、残念ながら、リストラクチャリングの必要性が顕在化していることを意味する。

日本の企業では長引く不景気の影響のために、人材を資産価値と見なすよりも、コストとして見なす傾向が強くなってしまった。人材に対する投資も十分に出来ていない。
人材に対し、積極的に投資をすることで人材価値を高め、結果として利益につながる。そうした好循環のモデルを創るためには、俯瞰的な視点で自社の人材価値の見える化が求められると考えている。

FIN.     July 15th, 2022