デジタル人材とは、何ができる人のことなのか?
日本の産業界においてはデジタル人材が不足している、という話をよく聞くようになった。
デジタル人材とは、果たして何ができる人のことを言うのであろうか?
デジタル人材という言葉が出てきた背景
デジタル人材という言葉に明確な定義は存在しない。デジタル庁が発足した2021年頃から言われ始めた言葉である。まずその言葉が出てきた背景について考察していこう。
人との接触が制約されるコロナ禍の状況下で、行政手続き・企業間取引・企業内業務・そして人と人のコミュニケーションが、大きな支障が生じたことは記憶に新しい。日本産業界の生産性の低さは以前より問題視されていた(筆者記事:「何故、生産性が上がらないのか?」参照)訣だが、業務プロセスの至る所で人手を介するプロセスが偏在し、そこにコストと時間を要する仕組みが長らく続いていたことが主たる原因である。コロナ禍での混乱の中、ITを活用した非接触型の業務や手続きのニーズが一気に高まり、DX(デジタルトランスフォーメーション)という流行語が定着したのが、一つの背景にある。
もう一つ別の背景がある。コロナで業績が落ち込んだ多くの企業は、制約がある中で何とか収益を上げようと考えた。そこで注目したのが、AI/AR/VR/ブロックチェーン/Fin tech/サイバーセキュリティといったIT先端技術だ。いままでのやり方とは違い、ITをフルに活用して新しい収益を生み出せる仕組みの構築に取り組もうとしたのだ。
これら二つの背景、実はコロナ感染が始まる前から、ずっと必要性を問われてきたテーマである。それがコロナ禍を機に、加速化して広がったのが実態だ。
二つの背景から発生したニーズを満たせるだけの能力を持つ人材、それがデジタル人材と言われるようになった所以である。
デジタル人材の定義
デジタルとは、0と1で表現される符号化された情報を意味する。デジタル人材を辞書的に定義するとすれば、「世の中にある、あらゆる情報や人間の営み・言語をデジタルに情報化して、社会に対し価値あるものに組み上げることができる能力を持った人間」と言うことができるだろう。
より具体的な定義では、上記の述べた二つの背景から、以下の二種類の人材だと言える。
・ITを梃に、事業や業務を変革して新しい価値を生み出すことのできる人材
・IT先端技術を駆使して、新しい事業創造や製品開発に貢献できる人材
ITをベースとした能力を持つ人材は、デジタル人材に限らず、従来型の人材もいる。コンピューターが市場に出回った1970年代からの職種であるSE(システムエンジニア)やプログラマー、そしてインターネットが普及し始めた2000年代以降の職種であるWeb制作者などだ。筆者はこれらの従来型の人材を、IT人材と呼ぶことにしている。
では次に、デジタル人材とIT人材の違いについて解説することにしよう。
デジタル人材とIT人材の違い
Figure1にデジタル人材とIT人材とを類型化した。
図の左側、A象限とB象限は、従来型職種のIT人材である。
A象限の人材は通常、企業のシステム部門に属するか、もしくはITベンダーから派遣され、特定のシステム開発や運用業務に従事する。専門性を活かしながら、比較的長い期間(通常数年間)、同じシステムを担当するのが特徴だ。市場に普及しているプログラミングスキルを所有していれば、ルーティンで仕事を回すことができる。日本の企業には独自仕様のシステムが多いため、システムの数だけIT従事者が必要だ。4象限のうち従事者数で最も多いのがA象限の人材である。
B象限の人材は、A象限で一定の経験を経た人材のキャリアパスとなる。IT技術者を束ねる組織の管理職、ユーザ企業の情報システム部門長、IT研修講師などだ。A象限に必要な専門スキルに加え、マネジメントスキルやコミュニケーションスキルなどを組み合わせた統合スキルが求められる。これらの職種も一定の経験と能力があれば、ルーティンで仕事を回すことが可能だ。
図の右側、C象限とD象限は、デジタル人材である。
IT人材との大きな違いは、ルーティン業務ではなく、通常はプロジェクト業務というところにある。技術進化の早いITの世界で、常に先進性のある技術や製品をキャッチアップし、価値ある形に組み上げていかなくてはならない仕事だ。一定の期間内に、形あるものを作り上げていく、もしくは成果を出すことがミッションとなる。
C象限の人材は、デジタル人材として市場ニーズが高く、高報酬での引き合いがある。世界的に見ても日本は、先端技術に特化したスキルを所有する人材が極めて少ないのが現状だ。
D象限の人材は、技術とビジネスの両方のバランス感覚を持ち合わせている人材だ。B象限の技術者とも会話が出来て、かつビジネス開発や収益性に関する勘所も分かっている必要がある。加えて、未知へのチャレンジに対し、先頭に立っていく推進力も求められてくる。
こうしてみると、デジタル人材は、今日明日にすぐに出てくるような事ではないことが良くわかる。じっくりと腰を据え、国を挙げて、能力開発に取り組むことで、初めて数年後に世界と肩を並べられることになるだろう。その日が実現することを大いに期待したい。
FIN. September 10th, 2022