“人に仕事を付ける”こと ”仕事に人を付ける”こと

有能な社員は手放したくない。出来ない社員は受け入れたくない。これが組織の運営を担う部門長の共通の本音だろう。
有能な社員には次々と仕事が降ってくるので、多忙を極めるようになる。そのうち、その社員は疲弊するか、もしくは仕事に対する目的を見失ってしまう。そうして、その社員は転職を決断し、どんな引き留め策を講じようとも去る結果となる。
これは、“人に仕事を付ける”ことの典型的な失敗例だ。

長年続く“人に仕事を付ける”慣習

日本企業は、人に仕事を付ける慣習が染みついている。
それは流動性の低い終身雇用という枠の中で、一人たりとも社員を遊ばせておきたくないという心理が働いているからだ。社員全員が、いつも何かしら仕事をしている状態なので、人が足りないという声が上がる。結果、仕事量をこなせる有能な社員に、多くの仕事が降ってくるようになってしまう。
人に仕事を付けている企業の実態は、共通して以下のような状況にある。

  • 同じ業務を何年も行っている職人的な社員が複数名いる。

  • 全社的なプロジェクトが度々発足するが、いつも決まった社員が兼務でアサインされる。

  • 声の大きい役員や部門長が、有能な社員を自部門の中に囲い込む。

  • 有能な社員から辞めていき、受け身でおとなしい社員が居残っている。

企業の売上が毎年増加し、組織が拡大しているときには、上記のことは問題化することはない。会社に勢いがあって仕事量も増えている状態なので、外から採用されて入社してくる人に仕事を付けることが可能だからだ。
問題は、企業の成長が鈍化したときに起こる。社員は、会社の将来に不安を感じ、保守的な思考が高まってくる。採用を抑えるため、組織も人も硬直化してしまう。結果、社員が仕事を抱え込んでしまい、技術やノウハウが人に帰属するようになってしまうのだ。その社員が転職してしまうと、会社の資産である大事な技術・ノウハウも一緒に失ってしまう。

“仕事に人を付ける”とはどういうことか?

“人に仕事を付ける”ことと”仕事に人を付ける“ことの大きな違いは、起点にある。
前者の起点は人であり、後者の起点は仕事である。両者を比較しながら、違いを明確にしていこう。
人に仕事を付ける慣習のある企業は、まず組織ありきで考える。組織と人のパズルを組み変えることで、決まった時期に組織の発表と人事の発令を行う。部門長は与えられた人員をベースに年度計画を立て、部下に仕事を割り振るという流れだ。
仕事に人を付ける企業は、事業の戦略ありきだ。事業を成長させるために、どのようなリソース配分をすればよいのか、事業の構造から機能分解していく。その上で、戦略を遂行するために必要な組織を設計し、人を割り当てるという流れになる。

両者の違いは、どんなことに影響するのか?

結果的には、両者は傍から見ると組織と人の配置が同じように見える。しかし、ベースにある考え方が違うから、組織としての特性に大きな違いがでてくる。違いは三点ある。

一点目は生産性だ。戦略から機能に落として人を割り当てていくと、余剰な人員はまず発生しない。仮に人が足りなくなったとしても、人を増やすには合理的な理由が必要となる。一方、人に仕事を付ける場合には、その組織の人員が余剰かどうかは誰も判断がつかない。明確な基準がないから、人数増減の判断は、部門長の声の大きさで左右されてしまう。

二点目は機動性だ。事業環境が変われば、当然戦略の変更も余儀なくされる。それに応じて、組織と人員も組みなおす必要が出てくる。期中であろうが、繁忙期であろうが、機動的に組織編成や社員の役割分担を変えていくことができるためには、”仕事に人を付ける“慣習が必須だ。片や、”人に仕事を付ける“慣習が染みついていると、次の定期人事異動の時期まで待って、組織と人を組み変えることになる。

三点目は知的資産の保持にある。一般的に“仕事に人を付ける”企業は、社員の流動性が高い。従って、技術やノウハウを人に帰属させることを極力避ける。大事な技術とノウハウは会社の所有物としてドキュメント化し、権利の帰属先を明確にしておくようになっている。一方、“人に仕事を付けている”企業では、長年同じ業務をやっている社員にノウハウが溜まっている。ドキュメント化もされていないことがほとんどだ。その社員がいなくなると誰も分からなくなってしまう、というリスクを抱え続けている。

ジョブ型雇用とは”仕事に人を付ける”こと

昨今、流行り言葉となっているジョブ型雇用は、“仕事に人を付ける”ことそのものである。その根底にある考え方は、上記に述べた通りだ。
つまりジョブ型雇用とは、単なる人事の施策ではない。経営方針と経営サイクルを大きく転換するものである。事業戦略と計画立案のメソッド、及び人事配置とジョブアサインのプロセスを新たに開発し、部門長に訓練を課す必要が出てくる。
“人に仕事を付ける”体質を残したまま、ジョブ型雇用を採用すると、社内でとんでもない混乱を生じることになるだろう。単に、有能な人材を採用するためだけに、ジョブ型雇用と謳うことの無きよう十分な留意が必要である。

FIN.   November 13th, 2022