イノベーションが励起する時の条件

前稿では、日本で生まれたイノベーションの事例を挙げた。いずれもユニークだ。過去の常識を覆し、新たな時代の常識を持ち込んでいる。イノベーションは世に放たれたのち、励起した高エネルギー状態となって社会と人々に影響を与えているわけだが、これらのイノベーションの成り立ちを分析していくと、いくつかの共通した特徴が見いだせる。イノベーションが励起して、高いエネルギー状態を保ち続けるための条件、それを解説していこう。

強力なリーダーシップ

イノベーションは、常に人間の営みから生じる。共通な要素の一つは、強烈な個性をもったリーダーが常にいることだ。リスクや不安が付きまとう環境の中で、リーダーは強い意志をもって、イノベーションの卵を孵化させることに全力を注ぐ。その過程では、当然、失敗を積み重ねるわけだが、その失敗を糧にして前進するだけの思考の柔軟性と強い精神力を持った人間がリーダーとなりうる。
それらのリーダーたちは、独断的なイメージがあるが、決してそうではない。人間一人が出来ることは限られていると、リーダーたちは肝に銘じている。だから、様々な人の意見を聞き、良いものは積極的に採用していく。メンバーに任せられることは、どんどん任せる。イノベーションを勝ち取るリーダーたちは、一つの哲学を持っている人材と見なせるだろう。

ブレない方針

イノベーションのアイデア出しの段階においては、その内容が彼方此方に発散しても全く問題はない。しかし一旦、方針が定まり、開発に着手してからは、そう簡単に方針を変えるわけにはいかなくなる。何故なら、通常イノベーションの開発は、期間が長く、コストも膨大にかかり、体制も大掛かりになるからだ。
イノベーションの開発が始まると、様々なところから外的圧力が掛かってくる。まず社内の目が厳しい。そう簡単には芽が出ない取り組みだが、コストだけは着実に積みあがっていく。売上がたつのはいつなのか、コストはいつ改修できるのか、こうしたチェックが期毎に入ってくる。失敗は常にあるわけだが、それらの失敗に対し合理的な説明が求められる。失敗が重なれば、先行きを不安視する声の大合唱となる。これらの圧力があることを念頭に、しっかりとした方針を定めておくことが肝要だ。
また、やむなく方針を変更する際にも、相応の覚悟がいる。中途半場な方針変更は、さらに失敗の積み上げにつながることに気を付けたい。何よりもコロコロと方針を変えられては、下のメンバーたちがついていけなくなる。日々のマネジメントでは、朝令暮改という言葉が、機を見て俊敏に動くという意味で誉め言葉となっているが、イノベーションにおいては、朝令暮改は馴染まない。

志を同じくする異質の仲間たち

リーダーだけが優秀でもイノベーションは生まれてこない。リーダーと同じ志を持った仲間が必要だ。もちろん最初は、リーダーとその仲間の志が同じであることはない。お互いの思いや考えをぶつけ合い、知恵を出し合い、議論を重ねることで、目指す方向が定まってくるはずだ。
また、同じような人ばかりが集まるのは危険だ。同じようなキャリア、同じようなスキルの持ち主だけだと、似たようなアイデアしか出てこなくなる。特に、日本企業の多くは、終身雇用制の中で同質化された人間たちの集団である。同質の人間たちが集まるだけでは、決してイノベーションは生まれない。積極的に、外部から異質のエキスパートを投入することをお勧めする。

失敗は当たり前と捉える文化

任天堂やソニーのように、経営の代替わりがあってもイノベーションを生み出し続ける企業文化は、他の企業の人たちにとって羨ましいに違いない。何故、企業に文化としてイノベーションが根付くことが可能なのか、その理由はシンプルである。
社内で「失敗は当たり前」という空気感があるかどうかに尽きる。イノベーションの取り組みにおいて、失敗は付き物だ。そして失敗の積み重ねが知恵となり、製品やサービスに付加価値を付けていく。
戦後の日本にウィスキー文化を定着させ、世界のジャパニーズウィスキーと称されるまでのブランド化に成功させたのは、サントリーである。そのサントリーで脈々と引き継がれているのは「やってみなはれ」の精神である。サントリーの社員の人たちに会うと、共通してこの精神が根付いていることを実感する。物おじせず、積極的にチャレンジすることが、社員全員に奨励されているのだ。
どんな企業にも、大企業病に苛まれるリスクは伴う。時間のかかる意思決定、曖昧な責任の所在、発言しない参加者がいる会議、言われたことしかやらない受け身の姿勢、といった悪弊が目に付く企業は、イノベーションを語る前に、まずはその体質改善から始めたほうがよいだろう。

ローマは一日にして成らず

イノベーションの種が世の中に放たれ、花を咲かせるようになるには、かなりの時間を要する。筆者が挙げた事例では、開花するまでに最低10年、満開に花咲くまでには20年以上を要している事例ばかりである。これらの事例から分かることは、イノベーションとして認められるだけの期間は10年スパンを要するということだ。
10年という単位は、四半期(=3か月)単位で結果を求められる経営者にとって、とてつもなく長い期間である。それだけにイノベーションには、経営者の勇気と決断力が試される。リーダーとして掛け声は良くても、自らは、5年やそこらで退いてしまうようなサラリーマン経営者の下では、イノベーションが生まれるのは極めて難しい。仮に代替わりしたとしても、継続してリスクを恐れずチャレンジし続けるだけの企業文化を醸成することこそが、結果、世間に認められるだけのイノベーションに繋がっていくことになるだろう。

FIN             February 12, 2023